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金崎内科医院

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院内報2022年10月1日号を掲載しました

9月半ばに私自身も新型コロナに感染してしまいました。1週間にわたって対面診療ができなくなり、皆様には大変ご迷惑をおかけいたしました。その間、電話での応対をさせていただいた際に逆に患者様から「お大事に」とのお声がけを多数いただきました。ありがとうございました。発症後2日は高熱が続きつらい時期もありましたが、幸いにして回復に至り、以前と同様の体調に戻ることができました。感染には十分に気を付けていたのですが、思い返せば心のゆるみもあったかもしれません。少しずつ感染者数が減ってきたことでの油断もあったのと同時に同業者での感染の報告も多くきくようになり、自分がかかるのももはや時間の問題かもというあきらめに近い感覚もありました。さすがにもう2年半以上続くコロナ禍での疲れのようなものもあったと思います。今後は改めて体調管理に気を付けていきたいと思います。

<かぜ情報>

9月末頃から発熱外来の受診者が減ってきていますし、コロナの陽性者も減ってきました。一方で小児のかぜ症状での受診はそれほど減っていません。熱はなくてもかぜ症状、特に発症間もない場合などは引き続き発熱外来での診療とさせていただきますのでご理解、ご協力の程、よろしくお願いいたします。また、かぜ症状での受診予約はネット予約ではなく直接の電話予約をお願いします。ネット予約で来院されても、発熱外来枠が空いていない場合には改めて別の時間枠へのご案内をお願いすることがあります。

<診療時間臨時変更予定について>

10月28日(金)、11月18日(金)、12月2日(金)の診療時間は18:30までとなります。

<糖尿病コーナー>

若者のあいだで「親ガチャ」という言葉がよく使われているようです。親を子は選べません。どのような親に生まれるかはおもちゃの「ガチャガチャ」のようであり、外れてしまったらとても不利な環境で育つことになります。人は生まれ育つ環境次第で大きく変わってしまうということです。一方で、環境が不利であっても社会がこれを是正し、なるべくすべての人が平等で公平な環境で育つべきという思想もあります。どちらかというとアメリカのリベラル思想に近いものがあります。この思想は社会が救いの手を差し伸べるようなところがあるので「やさしさ」ともとらえられがちですが、実はとても厳しいものでもあるのです。なぜならそのような格差是正措置の環境でも社会的な競争に敗れてしまった場合には今度は自己責任になってしまうからです。「努力が足りなかったから」とされるともう逃げ場がありません。人の能力には遺伝的な要素もかなり影響してしまうという身もふたもないですが本当のことから目をそむけてしまうリベラル的思想には問題があると思います。これを認めると今度は「差別」になってしまうからです。差別もなくまったく公平で平等な世界というのは理想ですが、差別というよりも生まれながらのどうしようもない「違い」をお互いに認め合うことが大事だと思います。糖尿病の治療を考えるうえで最近、「スティグマ」という言葉きかれるようになりました。「偏見」という意味に近いのですが、糖尿病にかかっている人の「スティグマ」を取り除くのも私達医療者や社会の目指すべき道だと考えられるようになってきました。糖尿病は食事や運動など個人の行動が治療に大きく影響しますが、遺伝的な因子も少なくありません。糖尿病は多因子遺伝とされており、多くの複合的因子が程度も様々で影響します。太り気味の知人の親兄弟に会ってみたらみんな太っていた、という経験はあると思います。身長が高い人は親も身長が高い場合がとても多いです。性格についてはもっと複雑ですが、ものの考え方や思慮の深さなどはある程度遺伝の影響もあると言われています。同じような食事や運動の習慣でも糖尿病になってしまう人とそうならない人がいます。将来的には遺伝的因子の解析や研究が進んで、治療前から糖尿病の治療が難しくなるかならないか予想できるようになるかもしれません。あるいは遺伝的背景をもとによりその人にあった治療法が選択できるようになるかもしれません。私は患者様には糖尿病になった半分は親のせいにしていい、と言うことがあります。その上で治療をあきらめず地道に続けていくしかありません。多くの親は子どもに申し訳ないと思ってしまうかもしれませんが、お互い全てを受け入れていくしかないでしょう。とにかく自分を責めすぎない、人を攻めすぎない、ということです。アメリカのリベラルの牙城ともいえるハーバート大学のマイケル・サンデル教授の哲学のある授業風景が印象的です。ほとんどの学生たちは自分たちが今ハーバートにいるのは自分が努力した結果だ、と語っていました。そこでサンデル教授が、この中で自分が兄弟の長子(兄や姉がいない)である生徒は手を挙げてください、と言いまして。果たして過半数以上の生徒が手を挙げていました。この光景に学生自身驚いていました。これが現実ということです。

<院長の日記>

最近はグルメ番組が多く、「食レポ」という言葉もよく聞かれるようになりました。私自身は食に関してはそれほどこだわりはなく、つまりグルメではないのであまりそういった番組には興味はありませんし、評判の高い店に列を作ってまで食べに行きたいとは思いません。家内や母の作ってくれた料理で十分です。それでも子供の頃には今でいうB級グルメをとても美味しいと思った記憶があります。例えば、駅の立ち食いそばです。今はあちこちの駅にありますが昔はまだ珍しかった時代です。中学生のときに南浦和の塾に通っていたのですがその南浦和駅にあった立ち食いそばがとても美味しかったのを覚えています。通勤途中のサラリーマンが食べるようなものですが、そこを通るととてもいい匂いがして、いつも食べたいな、と思っていました。一緒に通っていた友達といつか食べたいね、などと話しをしていました。大人へのあこがれもあったかもしれません。ついにあるとき、親に許可をもらって食べてみたところ本当に美味しかったです。大人に混じって立って食べているというシチュエーションも気分を盛り上げたのかもしれませんが、いかにも即席で作ったような安っぽい食べ物という感じでは決してありませんでした。その後、高校生になったころから他のいろいろな駅にも立ち食いそば屋ができはじめ、食べてみましたが、あの南浦和駅のそばより美味しいと感じたことはありませんでした。高校は南浦和とは反対の方角なので立ち寄ることがなくなりそれっきりになってしまいました。さすがに立ち食いそばだけのためにそこまで行くようなことはしませんでした。今もあるのでしょうか。あったとしても30年以上経っているので経営者や味は変わってないという保証はありません。もはや、思い出の中だけの味ですね。もう一つ、覚えているのはチャルメラのラーメンです。かつては、近所まで軽トラックでラッパを鳴らしたラーメン屋が来ていました。私が小学生くらいのときだったと思います。ラッパの音が聞こえるといつかは食べたいな、と思いましたが、口に出しては言えませんでした。あるとき、弟が急に食べたいと駄々をこねはじめ、父もそれに乗り気となり母がどういうわけか許可してくれたことがありました。どんぶりをもって外に出てトラックを止めてラーメンを入れてもらいました。濃いめの醤油味でやはり家庭の味ではないところが子供心に新鮮でうれしかったです。弟は私と性格が正反対で言いだしたら聞かないことがあり、こういうときには役にたつのです。父もラーメンなどの庶民的な料理が好きでいい反応をしてくれました。一方で母は外食や買い食いをめったには許してくれず、いつも食事を一生懸命作ってくれるので、それはそれでありがたいのですが、そんな状況なので家族はチャルメララーメンをいつか食べてみたいという強い欲求があったのかもしれません。ちなみにこの時駄々をこねた弟(私には2人弟がいます)は数年後に夏休みの自由研究で近所の複数のラーメン屋の食べ歩きをレポートして提出しています。自由すぎますよね。