2026/04/03
世情が不穏になってしまいました。
6年前のコロナ禍が始まったときの春にもこのような雰囲気を私は感じていました。
桜は咲いて素直に喜びたいのに不安から解放されません。
戦争を始めてしまい、しかも先が見えず、全世界の経済が停滞してしまっています。
コロナのパンデミックも全世界規模でした。でも今回は人間が勝手に始めたものです。
始めた張本人は選挙で選ばれた人です。
民主的なプロセスでも人々は間違った選択をするという教訓に今回こそして欲しいです。
<かぜ情報>
発熱などや風邪症状で受診される方は減ってきています。インフルエンザBや新型コロナにかかる人はいますがこちらもだいぶ減ってきました。ここ1年でもっとも落ち着いているように感じます。
溶連菌に感染する小児が増えてきています。ご注意ください。
<キャッシュレス自動支払機導入予定ついて>
前号でお知らせしたキャッシュレス決済機の導入についてですが時期はまだ確定できていません。
来月以降に改めて具体的な進捗状況をお知らせできると思います。
<糖尿病コーナー>
前号ではお薬を増やしたり変更したりすることを勧められても迷われることがあるでしょう、というお話をさせていただきました。
そんな時にはお薬の力を借りて心も体も少し楽をしてみる、と考えてみたらどうでしょうか、とも述べました。
私の著書でも触れていますが今は糖尿病の治療薬がかなり進歩しています。
今回はその中でも特に多くの作用をもつSGLT2阻害薬について改めて紹介いたします。
SGLT2阻害薬が実際に糖尿病治療に使われるようになってすでに12年ほど経過しました。
もう新薬とは言えませんが、むしろ長く使われてきて信頼性が担保されてきました。
SGLT2阻害薬は尿から糖を体の外に排出する薬です。
糖尿病は血糖値が高くて困る病気ですが、その血液中の過剰な糖を尿から捨ててしまうことで効果が発揮されます。
お風呂の浴槽の水を血糖に例えると、浴槽の下の栓を開けるようなものです。仕組みとしてはいたってシンプルです。
ところが2015年に発表されたある論文が世界を驚かせました。
SGLT2阻害薬を使うことで心不全や狭心症などの心臓病が減ることが証明されたのです(1)。
その後に続く調査(論文)で腎臓の働きが落ちるスピードを弱めること(2)、これら「心保護」や「腎保護」作用が糖尿病を持たない人でも同じように認められた(3)のです。
はじめは糖尿病の薬でしたが、その後は糖尿病を持つ人の心臓や腎臓を守ってくれて、さらには糖尿病をもたない人でも心臓や腎臓を守ってくれる薬ということがわかったのです。
現在では糖尿病を持たないひとの心臓病や腎臓病の治療に広く使われています(もちろん保険適応です)。
当初は私のような糖尿病専門医がこの薬に最も詳しく、処方する数も多かったのですが、現在では循環器や腎臓の専門医、さらには一般内科でも広く処方されています。
変な言い方ですが他の領域にも使われてしまってちょっと焼きもちを焼いた気分でした。
心臓病のなかでも特に慢性心不全に効果があり、腎臓病でも慢性腎臓病(CKD)に特に効果がはっきりしています。
これらの病気は「慢性」ですので、治るとは言いにくくむしろ進行してしまいます。
もともと心臓や腎臓は加齢とともに心臓や腎臓の働きが低下してくるのですが、そのほかになんらか心臓病や腎臓病があると加齢による機能の低下が早くなってしまうのです。
SGLT2阻害薬はここに効果を発揮します。
そして、SGLT2阻害薬は早い時期から使うほどその恩恵が大きくなるのです。
例えば腎不全が進行してしまい透析が必要になる直前に使い始めても大きな効果は期待できませんが、尿たんぱくが出はじめたばかりの時期や腎臓の機能がわずかに下がり始めた時期に使った方がより有効なのです。
糖尿病で定期的に通院していると尿検査や血液検査を受ける頻度が多くなると思います(医療アクセスが多い、という言い方もできます)し、血糖を下げるためにSGLT2阻害薬により早く出会うことになると思います。
糖尿病がなくても慢性の心不全や腎不全の方は多くいますがその人たちよりも早くSGLT2阻害薬にアクセスすることになるわけです。
糖尿病にならず定期的な通院が不要であることに越したことはありませんが、この医療アクセス→SGLT2阻害薬というチャンスは大きな意義があると思います。
参考文献:
(1)“EMPA-REG OUTCOME” 2015, NEJM
(2)“EMPA-KIDNEY trial” 2022, NEJM
(3)“DAPA-CKD trial” 2020, NEJM
<院長の日記>
子供や学生にとっては進級の時期ですね。私も当時を思い出します。
新しい教科書が配布されますが一度にたくさんあるのでズシリと重く感じると同時これだけの量をまた勉強しなくてはならないと気分も重たくなります。
それぞれ手にとってパラパラとページをめくって眺めてみるのですがこれから勉強することなので内容は理解できません。特に算数(数学)や理科はもともと苦手だったこともありあまり見たいとは思いません。
読解の教材となる短い話(小説·短編)をちょっと読んでみると結構面白かったりします。まず話が短いのがいいです。
それでいて内容が充実していて全部とは言わないまでもいくつかの話にはつい引き込まれて読了してしまうこともありました。
後々、国語の授業でじっくりと先生とみんなと読み込むことになるのはわかっているので自分だけ予習もできて得をした気分にもなります。
本は読まなければいけない、それも名作と呼ばれているものや大人が勧めるものでなければいけない、というプレッシャーのようなものを多くの子どもは感じて育ったでしょう。
でもそうなるとかえってつまらなく感じてしまうのは不思議です。それに長いと集中力がもたずに飽きてしまいます。
国語の教科書に載っているお話は名作とはちょっと違っていて話も長くありません。それが良かったのかもしれません。
私の父は大変な読書家でした。それを見て育ったので私は他の人以上に読書へのプレッシャーを感じていたのかもしれません。
父は自分の子供に読書を強制するようなことはしませんでした。
自分にとってはひたすら楽しいことであって、教育や教養の一環とは思っていなかったようです。
だから強制する感覚にならなかったのかもしれません。
それでもたまに薦めてくる本があるのですが、それがどれも気楽にさらりと読めるものではありませんでした。
例えばトールキンの「ホビットの冒険」などはよく勧められました。
映画にもなった指輪物語の子供向けといったものですが、登場人物は多いし、たくさんの地名が出てきて覚えにくいですし、ファンタジーなのですが文章で読んでもなかなか想像できません。
それに長いです。父はこの指輪物語シリーズの解説本や地図などの副読本を買い込んで、さらに自分で細かくメモを取りながら読んでいました。
本当に楽しそうにしていましたが特にその様なものに興味がわかない私は一向に読む進むことはできませんでした。
成長するに従って自分の好きなもの、読みたいものを遠慮なく読んでいいとわかってきてようやく読書が楽しめるようになりました。
松本清張などはその一つでこのコーナーでもたびたび紹介させていただいています。
好きなのでつい語りたくなってしまうのでしょう。
また、読書が嫌いになる原因の一つが国語の授業になってしまっている人がいるかもしれません。
私もそうでした。
先に読んで面白いと感じた話が国語の授業でじっくり読むことになると途端につまらないものにいつもなってしまっていました。
文章を読解する能力はとても大切だと思います。
国語の授業は必要なものだと今でも思ってしまいます。
でも面白いと思ったものをそのままにせずに「勉強」、それも大人から強制されたものとなるとつまらなくなってしまうのは仕方のないことなのでしょうか。
私は子供の頃から歴史も好きでした。
小学校高学年以降は社会の時間に歴史を勉強することになりましたがやはり面白く感じることができませんでした。
自分で歴史の本を選んで読んでいたほうがずっと楽しかったです。

