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2018年4月1日号

2018年4月1日号

寒い冬があっという間に終わり、桜もあっという間に咲いてしまいました。もうちょっとゆっくり春になっても良かったのですが。あのインフルエンザの大流行はなんだったのでしょうか。

まぶしい日差しが苦手なので、春もおとなしく過ごしたいと思うこのごろです


<かぜ情報>

暖かくなってからかぜで受診される方も少なくなりました。代わりに今年は花粉症が多いです。

花粉の飛散量が多いようで、例年と同じお薬でも効果が実感できず、薬の追加や増量が必要になるケースが今年は多いです。花粉症は当たり前ですが原因がはっきりしています。とにかく花粉からの防護が基本です。薬はあくまでも症状を抑える二次的な治療です。そのあたりの心がけをお願いしたいところです。

 

<院長休診のお知らせ>

524日(金)の院長の診療は学会出張のため休診となります。前院長が代診いたします。

 

<糖尿病教室のお知らせ>

623日(土)17:00から糖尿病教室を開催します。

今回のテーマは災害時の対応についてです。奮ってご参加ください。

 

<糖尿病コーナー>

「カーボカウント」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。「カーボ」とは炭水化物のことです。カロリー(エネルギー量)を適正量摂取し、かつ、カロリーを炭水化物、脂質、蛋白質の3大栄養素でバランスよく配分するのがわが国で推奨されている食事療法の基本です。ところが適正な栄養量をバランスよく実際に維持することはなかなか難しいところです。そこで、炭水化物の量の適正化により重点を置くのがカーボカウントです。「炭水化物(糖質)制限」が最近よく言われますが、ちょっと違います。カーボカウントは制限ではなく適正量を目指すものです。ただし、日本人は炭水化物の摂取量が多くなりやすいため、カーボカウントを意識すると実際には炭水化物制限になる場合が多いです。例えば、仕事で忙しい男性に多くみられるパターンで、朝食はコンビニのおにぎりとパン、昼食はカップラーメンや外食の麺類、夕食は丼もの、といった場合、炭水化物の比率が多いのが一目瞭然です。では、実際にカーボカウントはどうすればいいかというと、まずは、実際の食品に含まれる炭水化物の量を自分で把握するのです。例えばごはん軽く1杯(白米120g)では、炭水化物は約48g、食パン6枚切り1枚だと炭水化物30g、ゆでうどん1玉だと炭水化物48g、といった感じです。またコンビニやスーパーで売っている加工食品には炭水化物の量が記載されているので、その量を確認します。慣れればすぐに1日の炭水化物の総摂取量は把握できるようになります。そして1日の炭水化物の総摂取量が適正量に収まっているか確認するのです。1日の炭水化物の総摂取量は1日に適正なカロリー量を設定し、その概ね半分を炭水化物と設定すると自動的に算出されます。例えば1日の栄養摂取を2000キロカロリーとし、その半分を炭水化物とすると、1日に適正炭水化物の量は2000×1/2×1/4(炭水化物は1g4キロカロリー) = 250gとなります。朝昼夕の3食で均等にカロリー摂取し、間食やジュースなどは一切とらないとすると、250÷3 = 83g1食当たりの炭水化物となります。これが基本です。ちなみに理想的な配分の食事の場合、副食に含まれる炭水化物の量は摂取カロリーに関わらず1食あたりおよそ20gとなりますので、残りが一食の主食でとれる炭水化物となります。また、当然のことながら間食などをした場合は、その分の炭水化物量を食事で減らす必要があります。いろいろ数字が出てきて難しいと感じるかもしれませんが、ご自身の食事がどの程度の炭水化物量かを実際に調べてみることをお勧めします。尚、炭水化物と糖質の違いですが、以前もお話ししたことがあるように炭水化物=糖質+食物繊維 となります。ただし炭水化物に含まれる食物繊維はおおよそ5%程度と少ないことから、実際の計算では炭水化物=糖質としても大きな違いはありせん

 

<院長の日記>

近頃、AIという言葉をよく聞くようになりました。Artificial Intelligence=人工知能のことですが、AIによって私たちの生活は今後どう変わっていくのでしょうか。自動運転車や、その他ロボットなどによって、今まで人がしてきた仕事が減っていくかもしれないと言われています。ちょうど最近、SF小説を読むことが多くなりました。そこで、未来の医療の世界はどうなるのかと自分なりに勝手に空想し、小説仕立てで書いてみました。

20XX年、XX日の朝、圭人(けいと)は朝目覚めたときから、だるさと寒気を感じていた。嫌な予感、というよりもまず間違いなくかぜをひいたなとの実感があったが、それをまだ認める気になれず、オフィスに出勤した。今日は週に1度の出勤日だからである。圭人の仕事も他の仕事と同じく、ほとんどは自宅や旅先で済ませる仕組みになっていた。オフィスに出勤したときにはだるさは否定できないものになっていて、オフィスの自動体温計測装置で案の定、38℃の高熱を指摘され、すぐに帰宅するとともに「医療サービス」を受けるようにとの音声による勧告を受けてしまった。帰宅後、自分専用の通信端末に付属した自動バイタル測定アプリで全身をスキャンし、その情報とともに自分の症状を入力し、公的医療サービスネットワークに送った。ただちに、返信があり、診断名は「かぜ」となっていた。医療センターを受診する必要はなく、自宅安静の指示と漢方のかぜぐすりを至急、公的運送サービスによって宅配するとのことであった。また、漢方以外の処方を希望する、医療クリニックに直接行きたい、などの要望があれば「次のステップへ」のボタンを、診断結果を受け入れる場合は「了承」ボタンを押すように、との記載があった。いつものようにすぐに「了承」ボタンを押し、自分の想定範囲内の結果に安堵し、ベッドに入って休むことにした。圭人の健康情報はあらかじめ公的医療サービスに登録されており、過去の病気はもちろん、家族の病気、疾患に関係する一部の遺伝情報、漢方処方に必要な体質の情報(これはいまだに特殊な言い回しによる情報だが)が登録されており、医師の判断をいっさい経ることなく速やかな診断と処方がなされたのである。ここ、50年ほどは医療技術の進歩はほとんどなく、かわりにネットワークサービスとAIの導入、それに国民の健康意識の変化によって、かつての医療費による国家財政の逼迫という事態はほとんど解消されている(数十年前にこの国は一度国家財政が破綻したがそのときに国の負債も消滅した)。医師の必要数も圧倒的に減少した。一時の高齢化の進行も終わり、今では高齢者の比率は減少の一途となっている。何より、高齢により自分の身体の限界を感じると、自らの意志で医療サービスを受けるのは最小限にするといった意識が浸透し、医療サービスも本人の苦痛を取り除くとともに尊厳ある最期を迎えるようなサポートに特化するようにきりかわるシステムになっていた。国民もまだ若いころから自分の最期を常に意識するよう教育されていた。癌はいまだに死亡原因のトップであったが、遺伝子情報から個人に最適な治療法が選択されるようになっていた。当然、遺伝子情報から治療によるメリットがないと判断されたときには治療は行われないことになっている。圭人の祖父も昨年自宅(地域共同住宅)でかぜをきっかけに体調をくずしてから10日くらいで自宅にて息をひきとった。88歳であった。圭人もそのように最期を迎えたいとむしろうらやましく思った。

いかがでしたでしょうか。異論もあることでしょうがただの空想です。お許しください。

2018-04-11 07:40:09

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