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金崎内科医院

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院内報2026年3月1日号を掲載しました

長く続いた空気の乾燥を潤すように雨が降るようになり、ダウンコートを着なくて済むようになり、時々暖房を消すようになり、そして花粉が飛ぶようになりました。
寒さが和らぐのはうれしいのですが、気候の変化のせいか、なんとなくだるいようにも感じる方も多いのではないでしょうか。

冬もそろそろ終わりが見えてくるとそれほど今シーズンの冬は寒くなかったように感じるのは私だけでしょうか。
日本海側や北日本では記録的な雪となり狭い日本でも場所によって全く感じ方が違ってしまうようです。

<かぜ情報>

2月からB型インフルエンザが多い状態が続いています。昨年秋からのA型の流行ほどは激しい流行ではないようで、ピークがはっきりせずだらだら続いている印象です。
地域によっては学級閉鎖や学年閉鎖もあったようですが伊奈町の北部地域ではそこまでの事態にはならかったようです。
ウイルス性の胃腸炎も多い時期がありましたが局所的で限定的な流行でした。
インフルエンザ以外の発熱(拡散検査でも陰性)で受診される方もやや多いようです。やはり新型コロナウイルスに感染する方も時々いらっしゃいます。

<キャッシュレス自動支払機導入予定ついて>

お会計の時に現金を持ち合わせていない、キャッシュレスで支払いができるようにして欲しい、といった意見や要望を以前よりお寄せいただいておりました。
今やスーパーやコンビニ、外食などでのクレジットカードやバーコード決済、電子交通支払い決済などのキャシュレス(現金を使わない)がかなり普及してきました。医療機関だけ現金のままというわけには今後はいかないと以前から当院スタッフも考えてきました。

そしてこの度、近日中にキャッシュレス決済システムの導入をする予定になりました。
導入コストが高額でもあるためこれまでなかなか導入が進まずご迷惑をおかけしておりました。
来月には具体的な導入時期についてお知らせできるようになると思いますので今しばらくお待ちくださいませ。

<糖尿病コーナー>

私も糖尿病に関する本を出版しましたが巷では糖尿病に関係する本がたくさん出ています。
本だけでなくテレビやyoutube(ユーチューブ)といった動画配信などで糖尿病に関する情報があふれています。その中で「こうすれば薬が止められる」といった人を惹きつけるようなキャッチコピーをよく目にします。実例も紹介されています。

確かに薬なしで血糖が高くならない状態が続けばいいと誰もが思うでしょう。しかし、残念ながら糖尿病をもつすべての人に当てはまることではありません。
糖尿病には様々なタイプがありますし、時間の進行や加齢でも血糖を下げる力は落ちていきます。

2型の糖尿病の初期の場合に一時的に著しい高血糖となったとしても何等かの治療で血糖値が劇的に下がることがあります。
一般的に高血糖時自体が自分で血糖を下げる能力(インスリンの分泌能やインスリンの効果)を悪くしてしまいます。これを「糖毒性」といいます。
なんらかの治療で血糖値が下がると、この糖毒性が解除されるともともとの血糖を下げる力が回復して糖尿病がなかったかのような状態になることがあります。確かにそのようなケースもあります。

しかし時間が経過してしまった糖尿病では自分で血糖を下げる力が「正常なくらい」にまで戻ることが既にできなくなっています。いくら食事や運動の取り組みがしっかりできていても血糖がなかなか下がらないでしょう。
それはご本人の取り組みが足りないからではないのです。これが糖尿「病」なのです。

そこで頼るのがお薬となります。お薬を始めたり増えたりすると自分の糖尿病が進んでしまった、という気持ちになるかもしれません。実際にそのような声は多く聞かれます。お薬代も気になるところです。
しかし、お薬で血糖値が下がって良好な状態が維持されると、ストイックな取り組みをしなければいけないというプレッシャーから解放されるかもしれません。
もちろんある程度の食事や運動の取り組みを続ける必要があります(運動や食事の取り組みは糖尿病以外にもさまざまな健康への恩恵があるため、糖尿病がなくてもすべての人にとって大切です)。
お薬の力を借りて心も体も少し楽をしてみる、と考えていただいてもいいと思います。

お薬を始めるとき、あるいは増やすことを迷われている場合にはこちらからはこのような声掛けをさせていただていております。
決心に時間がかかる場合はそれでも結構だと思います。

次回はSGLT2阻害薬について改めてご紹介させていただきます。

<院長の日記>

松本清張は「西郷札」という短編小説でデビューしました。週刊朝日の新人小説コンクールで入選したのです。このとき42歳でした。
この時はまだ朝日新聞での画工が本業で(小学校卒の学歴のため記者にはなれず)、箒の行商などの副業でなんとか生計をたてていました。「西郷札」はこのとき直木賞候補にもなりました。
結局、清張はのちに芥川賞を受賞します。「ある『小倉日記』伝」という小説です。
ミステリーやノンフィクションで有名なので直木賞ではなく芥川賞であることは意外に思われるかもしれません。

さて、「西郷札」は短編で、新潮文庫では同名の短編集で出版されています。
その「西郷札」の短編集に『啾々吟』(しゅうしゅうぎん)という小説が収められています。「西郷札」と近い時期に書かれたやはり明治初期が舞台のいわば時代小説です。

ここから先はあらすじに触れますのでご注意ください。

明治維新直前に佐賀藩(鍋島藩)に2人の男が同じ誕生日に生まれます。
一人は家老職の家に生まれます。この話では「予」として語り手になります。
もう一人は下級藩士に生まれた嘉門という男です。
この2人は藩主の世継ぎとも同じ誕生日だったのでこれを喜んだ藩主が2人を若殿の近習とし一緒に勉学にも励むようになりました。
「予」も若殿も勉強では平凡な出来だったのですが嘉門は極めて頭脳明晰で難解な講義の内容を若殿にかみ砕いで伝えるようになりました。講師や周囲の大人からもその才能を認められるようになりますが、不思議といつも周囲の人とは馴染めないでいました。最初に認めてくれた講師も次第に嘉門を疎んじるようになります。
嘉門は出自が貧しいのに才能があるために自分は妬まれている、と考えるようになります。自分は間違っていない、今に見返してやる、とますます頑なになっていきます。
「予」は温厚な性格なので周囲が嘉門から離れていっても幼いころからの友人として接してきましたが、成年になってからあることがきっかけで嘉門から恨まれることとなってしまいます。

幕末の激動がすすむと嘉門は脱藩して佐賀から姿を消してしまいます。
一方、「予」は外国に留学し、明治新政府でも高官となり出世していきます。
長い年月が経った後「予」は偶然、東京で変わり果てた嘉門と再会します。急進的な反政府的な立場での自由民権運動で当初は指導的な立場だったのですがやはり周囲の人が離れていき、「予」と再会したときには組織内で政府のスパイに落ちぶれていました。
才能はあるのに周囲が離れていってしまう人は私も見てきたことがあるので、清張の人間観察の卓越さと時代を超えての表現のうまさを実感しました。

私もこれまでいくつかの組織の中で仕事をしてきました。そして勉強はできるし知識も豊富、医師としてもとうていかなわないという人はいました。
しかし同時にいつも周囲と対立してやりたいように仕事ができなくなってしまう人も確かにいました。誰かと懇意になっても関係がすぐに破綻してはまた離れてしまうといったことを繰り返す人もいました。結局誰とも合わなくなり自分がそこにいられなくなるのです。
でもそういう人が正しいか正しくないかとは話は別です。もしかしたら研究で大発見をしているかもしれません。かなり時間が経ってからその功績が再評価されるときが来るのかもしれません。理解を示さなかった周囲が間違っていたとなるかもしれません。

周囲とうまくやっていればその時はみんな幸せなのかもしれませんが本当にそれでいいのか。
そうではなく辛い思いをしてでも自分を貫くことを選ぶのか。

私は前者のような生き方をしてきたようです。人の顔色ばかりをうかがっていてあまり褒められたものではありません。
でもそのような生き方しかできないようです。

私やこの小説の「予」からすれば嘉門に対してはもっとうまくやればいいのにと思ってしまうかもしれませんが、繰り返しますがそのようにしか生きられないのだとすればそれも宿命というものなのでしょうか。

松本清張、奥が深いです。